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『瀬戸の滝の大蛇退治』
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むかし瀬戸の滝には、大蛇が住んでいた。 滝の底から渦を巻きながら、昇ってくる その姿はものすごく、誰も恐れてこの滝には近寄らなかった。
この滝の主の大蛇は、冬の間は淵の底に眠っていて、春になると動き始めた。
ことに梅雨どきや秋の台風の頃になると、 その暴れようはすさまじかった。
阿島の人びとは、毎年のようにこの大蛇に、洪水を起こされて、田畑を流され 困り果てていた。
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そこで村人たちは、集まって相談したあげく、誰か強い武芸者に頼んで、大蛇を退治してもらおうということになり、次のような高札を立てた。
「瀬戸の滝の大蛇を退治した方には、賞金として、金五拾両を差し上げます。我と思われる方は申し出てください。」と。
その頃は「十両盗めば、首がとぶ」と言われた世の中のこと、五拾両は途方もない大金だった。
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さっそく、このうわさを聞いてか、一人の浪人風の男が現れた。
「その大蛇なら拙者が退治して進ぜよう。」と言って、持っていた槍をりゅうりゅうとしごいて見せた。 そして瀬戸の滝に勇んで出かけていった。
しかし、いくら待っても、その男は帰って来なかった。
二、三日経ってから、男の持っていた長い槍がへし曲げられて、寺の前の河原に流れついた。
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次に来たのは、 「拙者は、諸国の武者修行をしている者だが、まだ一度も負けたことがない、さっそくその大蛇を退治してあげよう。 ついては腹が減っては戦にならん、一杯食べさせてくれんか。」と言って、さんざん飲み食いしたあげく、瀬戸の滝まで行くと急に恐れをなしてか、どこかへ姿をくらましてしまった。
こんなぐあいで、それから後も、何人もの武芸者が次から次へと来たが、誰ひとりとして大蛇を退治したと言って、帰って来る者はいなかった。
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村人たちは大蛇退治を、半ばあきらめようとしていた時、深編み笠を被った、一人の強そうな武士が阿島の町を通りかかった。
村人は今まできた武士とは、どこか違って頼もしく、その態度にもすきが無かった。 そこで、この武士ならばと思って大蛇退治を頼んでみた。
武士は被っていた深編み笠を取り、ていねいな態度で、「それなら拙者にお任せくだされ、必ず大蛇を退治してみせましょう。」と言ってさっそく引き受けてくれた。
その翌日、村人たちに見送られて、瀬戸の滝へと向かった。
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しばらくすると、加ヶ須川の水が血で真っ赤に染まって流れてきた。 こんなことは今までなかった事である。
人々が驚いて眺めていると、かの武士が返り血を浴びて、川上より戻ってきた。
とうとう、滝の主の大蛇を退治してくれたのだった。
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すると武士は、「拙者は金が目当てで、大蛇を退治したのではない。皆さんの難儀を救いたいと思ったからだ。では、せっかくだからこれだけ頂こう。」と言って、五両だけ懐にして立ち去った。
暫くしてから、この武士は風越山のヒヒを退治した、有名な岩見重太郎であったことがわかった。
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それ以後、阿島の田んぼは、秋になると稲穂が重く垂れて、黄金色に波打つようになったという。
おわり
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